地方創生プロデューサーの引き際

地方創生のプロジェクトには3~5年程度で一区切りをするタイミングが来る。それまでに地域プレイヤーの立ち位置を当該地域に実装することが大切だが、そのプレイヤーを自分がやらない場合、つまり、ホームではない地域における地方創生を担う場合の引き際について考えたい。(もちろん、継いでくれた人が当該地域での地方創生を継続する場合のケース)

まず前提は、そもそも地方創生プロデュース業で社員を雇用しないことが大切。本質的な価値を求めてプロジェクト進行する時、来年度の継続を保証できない挑戦が要求されるが、社員を食わすために本質的判断ができないことは避けるべき。コトハバにおける地方創生プロデュース業は代表のみの仕事。

第2の前提は、継いでくれる人が全力を出せば、食べていけるエコシステムが想定されていること。想定するタイミングは、開始前か、1年目の終わりには欲しい。よくこれがない地域おこし協力隊と出会うけど、無駄だし、事態を悪化させるケースを見かける。(本人が超人的に頑張る場合は例外)

次に継いでくれる人と出会うためには、300~500万程度のプロジェクトの一部を候補者と協働し、カネと現実のやり取りを通じてお互いの哲学に触れることが大切。協働してみないと相手のことはわからない。苦しいときや、厳しい現実に直面したときにその人がどのように行動するかを観るべきかと。

また、立場としては、創生するテーマを縛りにしつつ、候補者が志向する方向性をサポートする立場であることも大切かと。自身の想いが先行し過ぎると引き際で引けないぐらい、チームの要になってしまう。かといって、捨て身感がないと候補者と対等に協働してもらえない。

そこで大切になってくるのが、継いでくれる人に規範(僕の場合、ジン”YOHAKHU"であり、”MOOSKA DE STUBEN”など)を示すことだと思っている。自身が理想だと思う方向性のアプトプットを黒子ながら現実に着地させることで継いでくれる人に感動が生まれるかどうかが大切。ほんと、エモい世界戦。また、プロジェクトの進行においては、意思決定において依存が生まれないプロセスで徹底運用することも併せて大切。

あと、メディアに自分が露出することは極力避け、継いでくれる人にスポットライトを当てることも大切。メディアに域外プロデューサーが出ると地域側からの認識が継いでくれる人に向かなくなるので避けるべき。

託すまで3年、継いでもらうまで3年。それぐらいのタイムスパンで進行しながら、いろんな事案を通して、継いでくれる人を見定め、成長を応援し、覚悟を問う機を逃さずに引き際を迎えることになる。

地方創生を20年の計としたときにバトンタッチは必然。継いでくれる人の哲学・美意識はパーソナルなものだから、継いだ以降はその人らしくやるしかない。経済合理性ではなく、美意識・哲学としてのバトンタッチになる以上、自身が取り組む地方創生プロジェクトがその道しるべとなるのかを自問自答する毎日なのである。

まぁ、でも結局、再現性があるものではなく、継ぐと決める意思決定力と、運の良さが大きな要因な気もする。

あまりまとまっていないけど、現場からの雑感は以上になります。はい。

とある現場代理人の本体。黒子に徹し、現場職人のパフォーマンスを最大限引き出していた。

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