エヴァに見たオトナ
エヴァンゲリオンが放送された95年、僕は中3だった。辺鄙なところに住んでいたので、リアタイでは観られず、同級生のおうちに行ってVHSで体験させてもらった。
中2病が進行していた僕にとって、エヴァの物語構造の貫通力はすごかった。リビドー・デストルドーに紐づいたATフィールド、スープになって一体化する人類補完計画、シンジが抱える大人への失望など、海馬まで刺さってた気がする。LSLの海をシュノーケリングして泳いでいたと思う。
ロボット、学園、ギャル、SF、恋愛、母体回帰、怪獣、神話、精神分析学...。本当に素晴らしい幕の内弁当だし、観察者の視座によって、浅くも、深くもなるレイヤー構造がすばらしかった。
神話とか、精神分析学のレイヤーでやり取りできるようなオタクの友だちはいなかったけど、いろんな個人のblogなどでそういう記述を見るたびに、ニヤリとしたし、孤独から救われた気がした。「エヴァを作ってくれた大人は、きっと、世界の本質を理解していて、それをアニメという手段で表現しているんだ。世の中には、意味不明なことが多いけど、僕が感じている違和感を持っている大人たちもいてくれるんだ。」って思えた。
25年立ち、『シン・エヴァンゲリオン劇場版 EVANGELION:3.0+1.0 THRICE UPON A TIME』を見た。インパクトのトリガーになったシンジが、破滅させた地獄のような現実を超えて、リビドーに戻づくエンディングを迎えたのは本当に良かった。
絶叫で世界を終わらせた旧劇から25年たち、ぼくも経営者として現実に絶望したり、希望を見出したりしている。庵野さんから受けったメッセージを基に、リビドー由来の良い未来を事業を通じて後世に示していくことにするわ。
官能的なジャスミンの香り。リビドー感じるよね。